うつ病発症から、これまでの経過について

くらし

はじめに

青空と入道雲

今年の夏はとても日差しが強くて、危険な暑さの日々が続いていますね。
眩しすぎる太陽の光。透き通った青空、もくもくと広がる入道雲。これらが鮮やかすぎるほどに、目に飛び込んできます。

前置きにあるように、最近は心に少し余裕が出てきました。
実は、私、うつ病を発症していました。
現在は、症状も改善して、日常生活をそつなく送ることができるようになってきました。

そこで、これまでの生活を振り返り、同じ悩みを持つ方の参考になればと、今回は記事を書いてみます。

また、メンタルヘルスに関する内容のため、もし読んでいる方がご自身のことで悩んでいる場合は、専門家への相談を検討する参考になれば幸いです。

発症前の状況

パートナーの存在

ちょうど1年ほど前の夏。
私は当時付き合っていたパートナーと同棲生活を始めました。
慣れない環境でしたが、一緒なら乗り越えられるって信じて、飛び込むような形で生活がスタート。
価値観の違いも、お互いにすり合わせができると、この時はまだ信じていました。

しかし、相手は自分の考えを譲らず、押し付ける態度を貫き通しました。
付き合っているときは、嫌われたくなかったので受容する姿勢をずっと続けていたのですが、さすがに一緒に生活していく上で、一方的な押し付けは受け入れることができません。
だから、反発してみました。

すると、相手は私を避けるようになりました。
せっかく同棲生活をスタートしたのに、わずか1週間で家庭内別居の完成です。

ただ一度、自分の考えを素直に表出させたのが「いけなかった」と、この後私は自分自身を苦しめ続けることになったのです。

症状の悪化と受診までの経緯

ひとり

同棲を機に、私はパートナーの住む街に引っ越しました。
仕事は変わらずそのまま。

よって、通勤時間が車で片道1時間程度かかるようになりました。

必然的に、睡眠時間が削られました。
また、家庭内別居のために、4畳半の部屋に段ボールを敷いて寝起きする生活をしていたこと。

これらが重なると、だんだん日常から色が消えていきました。

体は、いつも重く。頭の中には、はちみつでも流れてるみたいに思考もゆっくり。
集中が続かなくなり、仕事にも影響が出るようになってきました。

灰色の嵐

そして、いちばん辛かったのが、堂々巡りの考えを繰り返す「灰色の嵐」。
夕方になると、頭の中で自分を罰する声が響き続け、建設的な考えがかき消されるのです。そこに色はなく、ただただ言葉が溢れ、考える力と行動力を奪われます。

「灰色の嵐」がやってくると、動くことも億劫になります。
仕事中にやってくると、机に突っ伏しているので、「居眠りこいて、ええ気なもんやな」と思われそうですが、頭の中では嵐がやってきていたのです。

刃物を探す

そして、2025年11月の終わり頃。
出先で、お酒の入った夜。「もう、死んでしまいたい」との考えに支配され、ホテルで刃物を探しました。
ハサミ・・・・、カッター・・・・・。そんなもの、ホテルの一室にはなく、泣き崩れて、朝を迎えました。

この「灰色の嵐」が自室にいるときにやってこなくて、今考えると本当に良かったです。

数日後、初めて心療内科を受診しました。

すると、先生は「すぐに休んだほうがいい」とおっしゃってくださったのですが、生活費のことや仕事の引き継ぎを考えると、首を縦に振ることはできませんでした。
そこで、薬物による治療を行うことになりました。

治療の経過

薬

初めのうちは、毎週末通院していました。
処方された薬は、「デュロキセチン(サインバルタ)」。
1錠から服薬をスタートし、現在も最大量の3錠を服薬しています。

プラセボだと思うのですが、初めてデュロキセチンを服薬した日。
いつもの通り、机に突っ伏したところ、今までが嘘のように体が軽く、頭が高速で回っていることに気づきました。
そして、目が大きく開き、目が冴えて、眠れない程でした。

同じ時期、毎日の楽しみだった晩酌も治療のために、一時中止しました。
ご飯が美味しくなく、少しずつざらざらしていて、苦味を感じるようでした。

不眠

お酒の力を借りなくなった結果、夜入眠が遅く、朝は早朝覚醒をするようになってしまいました。

そこで、「ボルズィ」という睡眠薬を処方してもらいました。
あまり効いている感じがしない薬なのですが、早朝覚醒には効果があったと思います。

初めこそ、薬はよく効いている感じがしていましたが、冬になる頃には・・・・・。

苦しかった時期・どん底だった時の話

どん底

年が明けて、2026年になりました。
パートナーは、相変わらず私を避けて生活を続けていました。

「もう、無理」

これまでは、自分がなんとかすれば、ふたりの生活はうまくいくと思っていました。
けれど、この頃になると、もう解決策を探ることをやめ、別れる方向で考えがまとまり始めていました。

出ていくための、家探し。
荒れた自室の片付け。
全てが、虚しい。でも、前に進むにはこの道しか見えませんでした。

また、この頃新たに「レキサルティ」という薬も飲むようになりました。
薬の力を借りて、ギリギリで生活していた所に、新たな負荷がかかったことで、この頃になると、朝起き上がることができなくなってきました。

朝5時。アラームの前に目が開きます。でも、背中が布団とくっついて離れません。
朝6時。5分おきのアラームを気合いで止めます。でも、体は動きません。
朝7時。支度をしないと遅刻します。でも、体が起き上がりません。
朝8時。さすがに遅刻が確定したので、電話を気合いでかけます。でも・・・・・。

そんな日が続いていたので、仕事でもご指導を受けることがたくさんありました。
遅刻もほぼ毎日になっていました。

そんな中での通院。
とうとう診断がおりました。「うつ病」。

回復への転機

さよなら

「うつ病」の診断書を持って、職場の上長に相談しました。
そこから、一気に休職に向けて動くことになりました。
(引き継ぎなんてする間もなく、一気に休職です)

また、同じ頃パートナーとの関係を解消することにしました。
4畳半の独房からの、解放。

再びひとりに戻りましたが、後悔はありませんでした。

休職中は、とにかく寝ました。
朝起きるのは相変わらず、しんどいですが、もうそのことは咎められません。
昼になり、気がつけば夕方。

河川敷

泥のように眠る日々をしばらく過ごしたのち、散歩を始めました。
毎日3〜5km。河川敷を歩きます。
太陽の光をいっぱい浴びました。

そうすることで、自然と夜眠くなり、朝起きられるようになりました。
また、同時に季節の移ろいにも意識が向き、凝り固まっていた視野がほぐれていくようでした。

休職期間の後期になると、朝起きて、部屋を部屋を整え、昼には散歩に出て、読書。
夕飯を食べて、早めに眠る。
生活のルーティンができてきました。

生活が整うと同時に、頭もスッキリ回るようになりました。

そして、元の職場へ復職することができました。

初めのうちは、仕事で朝がしんどいこともありましたが、順次慣れていくようでした。
年度をまたいだ職場では、仕事の内容や量を調整していただくことができました。
新しい体制でも相変わらず受け入れていただき、感謝しかありません。

終わりに

晴れやか

うつ病と一言に言っても、症状は人それぞれです。

私の場合は、意欲が枯れ、動けなくなってしまうのがいちばん辛かったです。
薬による効果も、初めこそ感じられたものの、結局休職に至ってしまいました。

主治医の言葉を借りると、家庭のストレスと仕事のストレスが合わせ技で効いてくるそうです。

結局、いちばん効果を感じたのは、初めに言われた「休むこと」でした。
初めはとにかく寝る。元気が少し出たら、日に当たって散歩をする。
薬と合わせてこれらを行うことで、私は症状が改善していきました。

まだ薬の量は減っていませんが、気分も頭も調子はいいです。

最後に、私が服薬している薬についてまとめます。

  • デュロキセチン(サインバルタ)
    俗に言うSNRI。神経伝達物質のセロトニンとノルアドレナリンの量を安定させます。
  • レキサルティ
    抗精神病薬。セロトニンとドパミンの量を安定させます。
  • ボルズィ
    睡眠薬。6時間程度安定して眠れます。

薬については、私個人の主観です。
専門家である、主治医の指示に従うことをおすすめします。

今回は、メンタルヘルスに関する内容のため、もし読んでいる方がご自身のことで悩んでいる場合は、専門家への相談も検討してみてください。

この記事が同じ悩みを持つ、誰かの参考になれば幸いです。

タイトルとURLをコピーしました